東京地方裁判所 昭和62年(特わ)2635号 判決 1988年6月02日
主文
被告人Aを懲役二年に、被告人Bを懲役一年一〇月に、被告人Cを懲役一年六月に、被告人Dを懲役一年にそれぞれ処する。
被告人四名に対し、未決勾留日数中各一〇〇日を、それぞれその刑に算入する。
被告人C及び被告人Dに対し、この裁判の確定した日から各三年間、それぞれその刑の執行を猶予する。
押収してある覚せい剤一袋(昭和六三年押第二七二号の1)を被告人四名から没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人Aは、株式会社E'製壜所の社員寮「F寮」の管理人補佐をしていたものであるが、同社代表取締役Eから同社の労働組合幹部のGを解雇するため同人を罪に陥れるように依頼されるや、かねてからの知り合いの被告人Bにその情を打ち明けて助力を求めるとともに、同被告人と協議の結果、右Gが覚せい剤を所持しているかのような外観を作出して、捜査機関に同人が覚せい剤を所持している旨の虚偽の申告をすることとし、被告人C、更には同被告人を介して被告人Dに順次その情を打ち明けて協力を依頼したところ、同被告人らもこれを了承したことから、
第一 被告人らは、共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、被告人Bが入手した覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶七・八五四グラム(昭和六三年押第二七二号の1はその鑑定残量)を、被告人C及び同Dにおいて、昭和六二年一一月五日午後一一時三〇分ころから翌六日午前零時ころまでの間に、東京都葛飾区東四つ木二丁目四番三号先路上に駐車中のG所有にかかる自動二輪車の座席下部に隠匿して、これを所持し
第二 被告人らは、前記Eと共謀のうえ、右Gが右覚せい剤を所持する事実がないのに、同人に刑事処分を受けさせる目的をもって、被告人Bにおいて、同月六日午後一時五〇分ころ、同区東立石一丁目一三番二号所在の警視庁本田警察署平和橋派出所において、同派出所勤務の司法警察員巡査部長猿山文夫に対し、「私は株式会社E'製壜所の非常勤役員をしているものですが、私どもの会社の社員であるGがオートバイの座席の下に覚せい剤を隠すのを別の社員が見たので、Gをつかまえてください。」などと虚偽の申告をし
たものである。
(証拠の標目)《省略》
(弁護人の主張に対する判断)
被告人Dの弁護人は、判示第一のとおりG所有の自動二輪車に覚せい剤を隠匿するにあたり、同被告人が覚せい剤を手にしたことは認めながらも、これは、被告人Cの指示に従って同被告人の持参した覚せい剤を隠匿する行為を手伝ったものにすぎず、隠匿する目的物が覚せい剤であることを知ったのもその直前であって、右覚せい剤に対する実力支配関係を有したとはいえないから、判示第一の事実については覚せい剤所持の幇助犯が成立するにすぎず、また、他の被告人との間で、Gに対する誣告の共謀をした事実もないから、判示第二の事実については無罪である旨主張し、被告人Dもおおむねこれに副う弁解をしているので、この点について判断する。
まず、判示第一の事実について検討するに、被告人Dは、当公判廷において、
1 昭和六二年一一月三日、被告人Cから、「ある会社の労働組合の役員が会社に悪影響を与えているので、『ブツ』又は『モノ』をその人の自動二輪車のナンバープレートの裏に貼り付けることにより、その人を解雇できるようにしたい。五万円ないし一〇万円の謝礼を出すので、この貼り付ける作業を私と一緒にやって欲しい。」旨依頼されてこれを応諾したこと
2 同月五日午後一一時三〇分ころ、被告人Cとともに右自動二輪車の駐車場所に赴いた際、同被告人が隠匿するために持参した物を見て、それが覚せい剤であることを明確に認識しながら、同被告人の持参した軍手を自らはめ、素手の同被告人とともに自動二輪車の各部を点検して覚せい剤の隠匿場所を検討したうえ、紙ナプキンに包まれたビニール袋入り覚せい剤をセロハン紙で包んでガムテープで巻き、これを自動二輪車の座席下部に隠匿したこと
などについては自認し、被告人Cの供述とも概ね一致する供述をしているのであって、これら被告人の自認する事実のみに照らしても、指紋の付着する可能性のある行為は概ね被告人Dにおいて行ったものと認められるから、被告人Cの指示があったにせよ、被告人D自身積極的に右隠匿行為の大半をなしたものと認めるのが相当である。そのうえ、同月三日に被告人Cから依頼を受けた際の被告人Dの認識について検討するに、前記のように被告人Dが自認する被告人Cの依頼内容によるだけでも、隠匿する物がきわめて違法性ないし危険性の高いものであることが明らかであり、しかも、それが「ブツ」又は「モノ」と呼称されていたというのであるから、覚せい剤取締法違反の前科を有し、覚せい剤を「ブツ」又は「モノ」と呼ぶことがあることを知っていた被告人Dにおいては、右依頼を受けた際から、その目的物が覚せい剤であることを容易に知り得たものというべきである。したがって、被告人Dは、自動二輪車中に覚せい剤を隠匿することによりある会社の労働組合の幹部をその会社から解雇するという、他の被告人らの本件覚せい剤所持の究極の目的を理解したうえで、自らは報酬を得る目的で、右覚せい剤を隠匿するという実行行為を分担することを決意し、被告人Cとの間でこれを共謀したうえ、現実にその隠匿行為を積極的に敢行したと認められるのであるから、被告人Dが判示第一の事実につき共同正犯の責任を負うことは明らかである。
次に、判示第二の事実について検討するに、被告人Dは、当公判廷において、「被告人Cから前記の依頼を受けた際、『ブツ』又は『モノ』を自動二輪車に隠匿して、ある人を会社から解雇するということは同被告人から聞いたが、その方法については、『罪に陥れて』というようには聞いておらず、逆に、会社の人が会社内部で処理すると聞いて、このことを信じ、他の被告人らにおいて、捜査機関に対し、虚偽の申告をするとは全く知らなかった。」旨弁解する。しかしながら、前記のとおり、本件犯行の目的が、覚せい剤を労働組合幹部の自動二輪車に隠匿して同人を解雇することにあることは、被告人Dにおいても十分認識していたと認められるところ、覚せい剤は、法律上厳格に規制された法禁物であり、しかも、覚せい剤であることの識別は、これを取り扱ったことのない者にとってきわめて困難であることが明らかであるから、覚せい剤所持事件を会社内部ですべて処理できるとは通常考えられないことである。そのうえ、覚せい剤所持を理由に解雇するには、それを捜査機関に申告するのが最も有効かつ適切な方法であることなどからすれば、覚せい剤の隠匿後、捜査機関に申告せずに、すべて会社内部で処理するものと信じていた旨の同被告人の供述はきわめて不自然であって、にわかには措信しがたい。そして、同被告人は、自らも認めるとおり、右隠匿行為の際には、本件自動二輪車や覚せい剤に指紋が付着しないように軍手をはめ、隠匿後もあらためて軍手で自動二輪車等を拭いて指紋を残さないようにするなど、警察の捜査に備えたとしか考えられない行動をとっていることをも併せ考えれば、同被告人が、被告人Cとの間で、前記労働組合幹部について誣告をすることの意思を相通じたことを優に推認できる。しかも、被告人Cは、検察官に対し、被告人Dに本件を依頼するに際し、「Gをクビにしたいので、Gを『罪に陥れる』仕事を手伝ってくれ。」と話した旨供述し、被告人Dも、検察官に対し、右共謀の事実を明確に認める供述をしていることを併せ考慮すると、判示第二の事実に関する被告人Dの共謀を認めるに十分である。
したがって、被告人Dの弁護人の前記主張はいずれも理由がない。
(累犯前科)
被告人Bは、昭和五八年五月三〇日東京地方裁判所で覚せい剤取締法違反の罪により懲役二年に処せられ、昭和六〇年五月二九日右刑の執行を受け終わったものであって、右事実は検察事務官作成の同被告人に関する前科調書及び右裁判にかかる判決書謄本によってこれを認める。
(法令の適用)
被告人四名の判示第一の所為は、刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第一項一号、一四条一項に、判示第二の所為は、刑法六〇条、一七二条、一六九条にそれぞれ該当するところ、被告人Bには前記の前科があるので、同法五六条一項、五七条により判示第一及び第二の各罪の刑についてそれぞれ再犯の加重をし、被告人四名につき、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、被告人Bについては同法一四条の制限内で、いずれも重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人Aを懲役二年に、被告人Bを懲役一年一〇月に、被告人Cを懲役一年六月に、被告人Dを懲役一年にそれぞれ処し、被告人四名に対し、同法二一条を適用して未決勾留日数中各一〇〇日をそれぞれその刑に算入し、被告人C及び被告人Dに対し、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から各三年間、それぞれその刑の執行を猶予し、押収してある覚せい剤一袋(昭和六三年押第二七二号の1)は判示第一の罪にかかる覚せい剤で犯人たる被告人らの共同所持するものであるから、覚せい剤取締法四一条の六本文により被告人四名からこれを没収することとする。
(量刑の理由)
本件は、被告人四名が覚せい剤七グラム余りをGの自動二輪車の座席下部に隠匿所持したうえ、同人に刑事処分を受けさせる目的で、警察官に対し同人が覚せい剤を所持している旨の虚偽の申告をしたという事案であるところ、その犯行態様は、Eの経営する会社の労働組合幹部であるGを解雇するため、それぞれの役割分担に応じ、あらかじめ右隠匿場所である自動二輪車の写真を入手し、同車の駐車場所付近を下見したり、捜査機関をして確実に同人を訴追させ得るに足りる分量の覚せい剤を入手するなどの準備を遂げたうえで、軍手をはめるなどして指絞がつかないように注意を払うとともに、捜査機関に現認されるまで確実に覚せい剤を隠匿し続けられる場所を選択して判示第一の犯行を遂行し、その後、右会社の役員であると偽って、同社の社員があたかもGの覚せい剤所持事犯を目撃したかのように装って判示第二の犯行に及んだものであって、計画的で、きわめて巧妙かつ卑劣な犯行といわなければならない。しかも、右犯行の結果、Gに対する覚せい剤取締法違反被疑事件の捜査が開始され、同人が右被疑事実により逮捕されて七二時間余りの身体拘束を受けるなど、実際に刑事司法作用を誤らせるとともに、同人に多大な精神的かつ肉体的苦痛を与えたにもかかわらず、同人に対してなんら慰謝の措置を講じていないこと、自ら使用するなどの目的を有していなかったとはいえ、判示第一の犯行により被告人らの共同所持した覚せい剤の量自体かなり多量であることなどを併せ考えると、本件犯行が比較的早期に発覚して、Gが起訴されるまでには至らなかったこと、被告人らはGを解雇しようとしたEを手助けしたにすぎないことなどの事情を考慮してもなお、被告人らの刑事責任はきわめて重大である。
更に、被告人らの個別的情状について検討するに、被告人Aは、Eとの間で、Gを解雇する計画の立案に当初から深く関わるとともに、他の被告人らを本件犯行に順次誘い込んで、本件犯行におけるそれぞれの役割分担を具体的に指示するなど、被告人らの中では最も主導的役割を果たしたものであるうえに、Eの言動を無批判に信じてこれまで世話になった同人の役に立とうとするとともに、多額の謝礼金を目当てとして本件犯行に及んだその動機に酌量の余地はないこと、また、被告人Bは、本件各犯行の計画立案にも相当程度関与したのみならず、実際にも、覚せい剤を知人の暴力団組員から入手してこれを被告人Aに手渡すとともに、自ら警察官派出所に赴いて虚偽の申告を行うなど、本件においてきわめて重要な役割を果たしたものであるうえに、謝礼金目当てに右犯行に及んだその動機に酌量の余地はなく、しかも前記の累犯となる前科をはじめ、覚せい剤事犯の前科が三犯あることなどを併せ考えると、右被告人両名の犯情はきわめて悪質である。したがって、右被告人両名が本件犯行を反省し、Gに対しても、謝罪の意思を明らかにしていること、右被告人両名にはその身柄を引き受ける旨申し出ている家族や知人がいること、その他年齢、病歴等汲むべき情状を十分に考慮してもなお右被告人両名を主文掲記程度の実刑に処するのが相当である。
一方、被告人Cは、被告人Aから本件犯行に誘い込まれたとはいえ、被告人Dをも巻き込み、同被告人とともに自ら本件覚せい剤をGの自動二輪車に隠匿するなど本件に欠くことのできない重要な役割を果たしたものであるうえに、謝礼金目当てに本件犯行に及んだその動機に酌量の余地はないことなどを併せ考えると、その犯情を軽視できないが、その立場は比較的従属的であったと認められること、これまで懲役刑に処せられた前科がなく、本件犯行を反省し、今後は一級建築士の資格を利用して真面目に稼働する旨誓約していること、友人もその更生に協力する旨を述べていることなど有利な事情も多々認められる。また、被告人Dは、被告人Cに本件犯行に誘い込まれたとはいえ、同被告人とともに自ら本件覚せい剤をGの自動二輪車に隠匿するなど本件に欠くことのできない重要な役割を果たしたものであるうえに、謝礼金目当てに本件犯行に及んだその動機に酌量の余地はないこと、覚せい剤取締法違反の前科が二犯あることなどを併せ考えると、その犯情は悪質であるが、その立場は比較的従属的であったと認められること、自己の行った客観的行為についてはこれを反省する態度を示していること、実子がその監督を誓約していることなど有利な事情も多々認められるので、右被告人両名については、それぞれ主文掲記の各刑に処したうえ、今回にかぎりその刑の執行を猶予するのが相当である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 神垣英郎 裁判官 中谷雄二郎 吉村典晃)